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イスラームは道徳を完全なものとし、それを高い地位にまで押し上げました。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「私は高徳を完遂するために遣わされたのである。」(アル=ハーキムの伝承)

またイスラームは全ての良き作法を奨励し、全ての悪く見苦しい作法を禁じています。至高のアッラーはこう仰いました:

-許しの心を持ち、善を命じ、無知な者たちから遠ざかれ。

(クルアーン7:199)

またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、ある時こう言いました:

「破産者とは誰のことか知っているか?」人々は言いました:「私たちの内の破産者と言えば、金銭も財もない者のことです。」すると彼は言いました:「私の共同体の破産者とは、審判の日に礼拝や喜捨や断食(をしたことによる報酬)を携えて来ながら、また同時に誰某の悪口を言ったり、名誉を毀損したり、人の命を(不当に)奪ったり、あるいは殴ったりしていた者のことである。そして(その日、彼から害を受けていた)誰某には彼の善行から(差し引かれて)与えられ、また誰某にも彼の善行から与えられ、そしてまだ裁きが終わっていないにも関わらず(現世で蓄えて来た)彼の善行が尽きると、今度は彼らの悪行が彼に与えられ、終いには地獄の業火に放り込まれるのだ。」(ムスリムの伝承)

イスラームはムスリムが他人、あるいは社会といかに関係を持つべきかを教えてくれています。預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:

「非合法な物事から身を慎め、そうすれば最高の崇拝者となろう。アッラーがあなたに授けて下さった分だけで満足せよ、そうすれば最も裕福な者となろう。隣人に懇を尽くせ、そうすれば真の信仰者となろう。また自らに望むことを人々にも望め、そうすれば真のムスリム(イスラームの教えを受け入れた者)となろう。そして笑い過ぎるな、笑い過ぎは心を殺してしまうから。」(アッ=ティルミズィーの伝承)

また彼はこのように言ってもいます:

「真のムスリムとは、他のムスリムをその口と手でもって害さないような者である。そして真のムハージル[1]とは、アッラーが禁じられた物事を放棄する者である。」(アル=ブハーリーの伝承)

イスラームは、個人間に互いへの愛情と慈しみの念が芽生えるような、よく調和した社会の形成を目標とします。そしてそれはイスラームの教えが命じたことを遂行し、禁じたことを回避することで達成されるのです。イスラームが禁じている物事を以下に挙げていってみましょう:

1-シルク:アッラーの主性、あるいはかれに向ける崇拝行為において、かれに何か別のものを並べること。至高のアッラーはこう仰いました:

-実にアッラーはシルクをお赦しにはなることはないが、それ以外のことはお望みになればお赦しになられる。

(クルアーン4:116)

2-魔術:アブー・フライラは、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言ったと伝えています:

「破滅的な罪を避けよ:つまりシルクと魔術を。」(アル=ブハーリーの伝承)

3-不正や抑圧、他人の権利の侵害:アッラーはこう仰いました:

-言え、「実に私の主は、露わであるか密であるかを問わずあらゆる醜行と、罪悪と、正当な理由もなく法を越えることを禁じられた。」

(クルアーン7:33)

4-殺人:但し刑罰のためなど、合法的なものはこの範疇に入りません。至高のアッラーはこう仰いました:

-そして信仰者を意図的にあやめた者の報いは、地獄の業火である。彼はそこに永遠に留まるのだ。そしてアッラーは彼をお怒りになり、彼をそのご慈悲から遠ざけられる。そして彼には、もう一つのこの上ない懲罰を用意したのである。

(クルアーン4:93)

また自らの生命や財産や名誉を守るために殺してしまったり、あるいは殺されてしまったような場合は、この禁止の中には入りません。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「自らの財産を守るために殺された者は、殉教者である。また自らの家族や生命や宗教を守るために殺された者は、殉教者である。」(アブー・ダーウードの伝承)


5-家族や親類の縁を断絶すること:アッラーはこう仰いました:

-それではあなた方は(イスラームへのいざないから)踵を返して、地上に腐敗を広め、近親の絆を絶つことを望んでいるのか?そのような者たちこそはアッラーが呪われ、その聴覚と視覚とを封じられた者たちである。

(クルアーン47:22-23)

またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、こうも言っています:

「近親関係の絆を絶つ者は、天国に入らない。」(ムスリムの伝承)

近親関係の絆を絶つ、とは彼らに対して倣岸に振舞ったり、自分が裕福でありながら彼らの内の弱者や貧者を助けなかったりすることや、また彼らを訪問しなかったり、彼らの必要を無視したりするような態度も含まれて来ます。人は近親関係にはない貧者に慈善行為をすれば報奨を得ますが、もし近親関係にある貧者に同様のことをすれば、慈善行為そのものによる報奨の上に近親に対する関係強化による報奨をも得ることになります。またもし自分自身が経済的に恵まれないのであれば、少なくとも挨拶や親切や、その他諸々の気遣いなどによって近親関係の強化に努めるべきでしょう。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「近親関係の絆を堅く繋ぎとめよ。例えそれが挨拶一つであっても。」(アッ=バッザールの伝承)


6-卑猥なことと姦淫、及びそれらの原因となるあらゆる物事:アッラーはこう仰いました:

-そして姦淫には近づくな。それは醜悪なものであり、悪い道である。,(クルアーン17:32)

またアッラーはその御言葉の中で、姦淫を働いた者の刑罰を明らかにしています:

-男女の姦淫者は各々、百回の鞭打ちに処すのだ。もしアッラーと最後の日を信じているのであれば、アッラーの宗教において彼らへの哀れみに囚われてはならない。そして信仰者の一部を彼らへの懲罰の証人とさせるのだ。

(クルアーン24:2)

ちなみにこれは結婚歴のない姦淫者に対する刑罰で、一方既に結婚歴のある姦淫者の刑罰は投石による死刑です。

尚この刑罰はイスラーム以前の宗教においても定められていました。マディーナのユダヤ教徒はある日、姦淫を働いたユダヤ教徒の男女の処遇に関し、アッラーの使徒に見解を求めたことがありました。

それで彼は彼らに言いました:「あなた方の内で最も知識に優れた者二人を連れて来なさい。」そして彼らがあるシリア人の二人の息子を連れて来ると、彼らにこう訊ねました:「これらの二人の(私通を犯した)者に関し、あなた方はトーラーの中にいかなる判決を見出すのか?」彼らは言いました:「彼らの件に関しては、ちょうどコフル[2]をその容器にしまう時のように、彼の男性器が彼女の女性器に入っているのを四人の者が証言したら、投石の刑に処します。」彼は問いました:「では、なぜ彼らを投石の刑に処さないのかね?」彼らは言いました:「私たちの権威がなくなり、それではないものによって死刑宣告することを強制されたからです。それからアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は証人を呼び、四人の者が連れて来られ、彼らはその男性の性器がその女性の性器の中に、ちょうどコフルをその容器にしまう時のように挿入されていたことを証言しました。それで彼は、彼らを投石の刑に処するよう命じたのです。(アブー・ダーウードの伝承)

投石の刑の判決が確定するには、以下に示す二つのいずれかの条件が満たされなければなりません。

①姦淫を犯した男性、あるいは女性がその罪を自白した場合、罰せられます。

アブー・フライラは言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がモスクの中にいる時、ある民のもとから一人の男がやって来ました。男は彼にこう言いました:「アッラーの使徒よ、私は私通を犯してしまいました。」彼は男からそっぽを向きましたが、男は彼が顔を向けた方に回ると、言いました:「アッラーの使徒よ、私は私通を犯してしまいました。」すると再び彼は男からそっぽを向きましたが、男は彼が顔を向けた方にまた回りこむと、こう言いました:「アッラーの使徒よ、私は私通を犯してしまいました。」そして彼はまた男からそっぽを向きましたが、男はまた彼が顔を向けた方に回りこみました。こうして男が自分自身の私通を四度証言した時、預言者は言いました:「あなたはおかしいのか?」男は言いました:「いいえ、アッラーの使徒よ。」預言者は言いました:「あなたは既婚者か?」男は言いました:「ええ、アッラーの使徒よ。」それで預言者は言いました:「彼を連れて行き、投石の刑に処しなさい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)


②四人の公正な男性の証人が、告発した容疑者の男性の性器が女性のそれに挿入されたのを目撃したと証言した場合。これは実現するのがほぼ不可能であり、このようなことが起こるとすれば、それは姦淫者が公けの場でそのような罪をあからさまに敢行したことを意味します。そしてイスラームの歴史を通じて、この厳しい刑罰がその実施を見たのはほぼ皆無といってよいほどでした。そして実施されたものといえば、当人の自白によるものだったのです。姦淫罪の刑罰はその行為の重大さを示していますが、それはその過酷さによって社会を悪と腐敗から守り、また社会の破滅や血筋の喪失、相続や婚姻の関連する諸問題が発生することに対して予防策を打つためでもあるのです。またこの抑止力により、社会を様々な病や伝染病などから守ることも出来ます。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「ムハージルーン(聖遷した者たち)よ、あなた方が五つの試練に遭う時-私はあなた方にそれが降りかからないよう、アッラーのご加護を乞うが‐、ある民のもとで醜行が公けに行われるようになり、そしてアッラーは彼らの間に、それ以前の者たちが味わうことがなかったような伝染病と苦痛を蔓延させるであろう…。」(イブン・マージャの伝承)

尚姦淫の内でも最悪の形は、近親相姦です。

またイスラームは男性同士の同性愛行為も禁じています。アッラーはロトの民の話に関して、このように言及しています:

-そしてわれら(アッラーのこと)の定めが訪れた時、われらは(ロトの民の)村を逆様に転覆させ、その上に焼け石からなる硬い石の雨を間断なく降らせた。(それらは)主の御許からのもので、その各々には印が付いていた。それは決して(お前たち)不正者たちから遠い日の出来事ではないのだぞ。

(クルアーン11:82-83)

また女性同士の同性愛行為も同様に禁じられており、このような罪深い行為を撲滅するための特定の刑罰が定められています。

7-孤児の財産に不当に手をつけること:このような行為は、貧者の権利の侵害と見なされます。至高のアッラーはこう仰いました:

-実に孤児らの財を不正にむさぼる者たちは、炎を食べてそれを腹の中に詰め込んでいるのである。そして彼らは地獄の烈火の中に入ることになるのだ。

(クルアーン4:10)

但しこの厳しい警告にも例外があります。つまり孤児の面倒を任された者で経済的に恵まれない者は、その監督下にある孤児の財産から需要を満たすだけの額を手にすることが許されています。これは孤児の面倒を見、養育し、衣服を買い与えることの見返りです。また孤児の面倒を任された者は、その財産を運営してその増加を試みることも出来ます。至高のアッラーはこう仰いました:

-…そして裕福な者には(孤児の財産において)慎み深くさせ、貧しい者には適度に利用させるようにせよ。

(クルアーン4:6)

8-嘘の宣誓や偽証:は、非常に重い罪とされます。これはそれが社会にもたらす有害な結果ゆえで、そのようなことによって人々の権利は侵害され、不正が蔓延してしまうからです。また嘘の宣誓や偽証は証言をされた側の者にも有害である‐不正によって彼を援助してしまうことになるため‐ばかりか、無実の被害者の権利を蹂躙するという被害を生じさせることにもなります。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「大罪の内でも最大のものを教えようか?」(人々は)言いました:「ええ、アッラーの使徒よ。」(預言者は)言いました:「アッラーに対してシルク[3]を犯すこと、そして親不孝だ。」そして(預言者は)座ると、寄りかかってこう言いました:「そして虚言(もその内の一つ)である。」(伝承者は)言いました:「そして彼(預言者)は、私たちが“もう黙ってくれたらいいのに”と思うまで、それを繰り返し言い続けました…。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)

9-賭け事:はイスラームにおいて財産の浪費であるばかりでなく、社会的にも個人的にもいかなる利益ももたらさない無駄な体力の消費と見なされています。至高のアッラーはこう仰いました:

-信仰する者たちよ、酒と賭け事、偶像とアル=アズラーム[4]は悪魔の行いであり、不浄である。ゆえにそれらを避けるのだ。(そうすれば)あなた方は成功するであろう。

(クルアーン5:90)


もし賭け事で勝てば、それは他人の財産の不当な占有となります。また勝った時の喜びは、更なる勝利を求めるがゆえに人を詐欺行為へと追いやってしまうかもしれません。一方賭け事で負ければ、彼は自らの財産を利益のない物事に費やしたことで、その財産を不当に扱ったことになります。そしてもし彼が一銭も無くなってしまったら、その損失は彼を盗みなどへの犯罪と追いやってしまうかもしれません。そして更にはその損失を取り返すがために、賭け事を継続することも考えられます。


10-追いはぎ、略奪、殺人、無実な者の脅迫など:このようなことは全て、社会を恐怖に陥れ、平和と安全を乱す行為です。至高のアッラーはこう仰いました:

-(不信仰から)アッラーとその使徒(の仲間)に争いをしかけ地上に腐敗をもたらす輩は、死刑、あるいは磔の刑、あるいは手足の交互切断刑、あるいは追放刑に処される。これらは現世における彼らへの懲罰であるが、来世においてはこの上ない懲罰が彼らを待ち受けているのだ。

(クルアーン5:33)


刑の判決は犯罪の種類によって異なります。教友イブン・アッバースは、殺人と略奪を働いた追いはぎは死刑と磔刑、殺人のみの場合は死刑のみ、殺人なしの略奪は片方の手足を互い違いに切断する刑、そして略奪には至らなくても通行人を恐怖に陥れるような者たちに関しては流刑という見解を明らかにしています。(アル=バイハキーの伝承より)


 11-嘘の誓い:とは他人の権利を侵害する目的で故意に行うもので、それを行う者は地獄の業火での懲罰を警告されています。至高のアッラーはこう仰いました:

-アッラーとの契約と彼らの誓約を僅かな代価で売ってしまうような者には、来世において何の取り分もない。そしてアッラーは審判の日に彼らにお言葉をかけても下さらなければ、お目をかけても下さらず、また彼らを(その罪から)清めて下さることもない。そして彼らには痛ましい懲罰があるのだ。

(クルアーン3:77)


またまたアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、このようにも言っています:

「(嘘の)誓いでもってムスリムの権利を得る者には、アッラーが地獄の業火を定め、そして天国を禁じられよう。」するとある者が彼に言いました:「アッラーの使徒よ、それが僅かな物であったらどうですか?」(預言者は)言いました:「例えそれがアラーク[5]の枝一本であっても、である。」(ムスリムの伝承)


12-自殺:至高のアッラーはこう仰いました:

-そしてあなた方自身を殺してはいけない。実にアッラーはあなた方に対し、慈悲深いお方であられる。,(クルアーン4:29)

またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、このようにも言っています:

「何かでもって自殺する者は、審判の日にそれでもって罰される。」(ムスリムの伝承)

13-嘘、詐欺、約束の破棄: 至高のアッラーはこう仰いました:

-信仰者たちよ、アッラーと使徒を裏切ってはならない。そしてそうと知りつつ、あなた方の信託を破ってもならない。,(クルアーン8:27)


またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「それが全て当てはまれば完全な偽善者となるところの、四つの性質がある。そしてそれらの内一つの性質でも当てはまれば、(その者は)それを放棄するまで偽善者の要素が一つ内在しているということになるのだ:(その四つとはつまり)信用されれば裏切ること、話せば虚言を吐くこと、約束すればそれを破ること、そして議論すれば荒々しく傲岸に振舞うことである。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)


またハディース学の大家ムスリムの同じ伝承によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)の言葉には以下のような付け加えがあります:

「…例えその者が礼拝し、断食し、自分自身をムスリムと思っていたとしても。」


14-他のムスリムを排斥したり、互いに嫉妬し合ったりすること:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「互いに憎しみ合ってはならない。互いに妬み合ってもならない。そして互いに背中を向けて背き合ってもならない。しかしアッラーのしもべであり、同胞であれ。ムスリムがその同胞を三日以上遠ざけることは許されないのだ。」(ムスリムの伝承)


15-呪ったり、下品な言動を取ったりすること:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「信仰者というものは他人を呪いもしなければ中傷もせず、また下品なことや汚い言葉も口にしないものである。」(アフ マドとアッ=ティルミズィーの伝承)

ムスリムは敵に対してでさえも、彼らに災いが降りかかることを祈るのではなく、アッラーの導きを祈願するように勧めています。アブー・フライラは、ある時アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう頼まれたと伝えています:

「アッラーの使徒よ、不信仰者たちに災いをお祈り下さい。」すると彼はこう応えました:「私は人を呪うために遣わされたのではない。慈悲として遣わされたのである。」(ムスリムの伝承)


16-吝嗇:富はアッラーにこそ属しているのであり、人間はそれを自分自身や扶養すべき者たち、または恵まれない同胞らに費やすことを託されているに過ぎません。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は吝嗇さという卑しい性質に関し、アッラーのご加護を祈ったものでした:

また預言者ムハンマド(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は、吝嗇さが社会にもたらす結果をこのように描写しています:

「不正から身を慎め。実にそれは審判の日の闇となろう。そして吝嗇さから身を慎め。それはあなた方以前の者たちを滅ぼし、人々を流血と非合法な物事の合法化へと導いたのだから。」(ムスリムの伝承)

そしてイスラームは、援助を求める貧しい同胞を見捨てるような豊かなムスリムを、真の信仰から非常に遠い場所にある者と見なします。アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「最悪の病とは、吝嗇である。」(アフマドの伝承)


17-無節制と乱費:至高のアッラーはこう仰いました:

-そして近親の者と恵まれない者と旅人に、施すのだ。しかし浪費するのではない。実に浪費する者は悪魔の同胞であり、そして悪魔はその主に対してこの上なく恩知らずなのであるから。,(クルアーン17:26-27)


またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「至高のアッラーはあなた方に母親への親不孝と、義務付けられている物事の不履行及び不当な権利要求、また女子の嬰児を生き埋めにして殺してしまうことを禁じられた。そしてかれはあなた方が噂話にかまけたり、不必要に質問ばかりしたり、また財産を無駄にすることを厭われるのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)


18-宗教における過激さと極端さ:至高のアッラーはこう仰いました:

-アッラーはあなた方に易きを求め、難きを望まれない。,(クルアーン2:185)

またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「実にイスラームは易しいものである。そして宗教を厳しくする者は、それによって押し潰されてしまうのだ。ゆえに正しくあるように努め、出来ることを行い、人を喜ばせ、朝夕と夜の一部にアッラーにご援助を乞うのだ。」(アル=ブハーリーの伝承)

19-自惚れと驕慢さと虚栄心:至高のアッラーはこう仰いました:

-そして奢り高ぶって人々から頬を背けてはならず、地上を高慢に歩いてはならない。アッラーはいかなる驕慢な自惚れ屋も愛でられないのだ。そして節度をもって歩み、声を低めよ。最も醜悪な声とは、ロバの鳴き声であるのだから。

(クルアーン31:18-19)


驕慢さについて、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「からし種一粒ほどでも心に思い上がりのある者は、天国に入らない。」するとある者が言いました:「アッラーの使徒よ、人はその衣服や靴が綺麗であることを愛するものです。」アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「実にアッラーこそは最も美しいお方であり、ゆえに美を愛される。思い上がりとは真理の否定であり、人々を軽んじることなのだ。」(ムスリムの伝承)

また自惚れや虚栄心について、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言います:

「衣服を奢り高ぶって長くたらしている者は、審判の日にアッラーが見守って下さることはないであろう。」(アル=ブハーリーの伝承)


20-スパイ行為、人の詮索、邪推、陰口:至高のアッラーはこう仰いました:

-信仰する者たちよ、邪推を多く行うことを避けよ。実にある種の邪推は罪なのである。そして互いに詮索し合ったり、陰口を叩き合ったりしてはならない。あなた方は同胞の屍肉を口にすることを望むのか?いや、(断じてそうではなく)そのようなことは厭うことであろう。アッラーから身を慎め。実にアッラーはよく悔悟をお受け入れになり、慈悲深いお方なのであるから。,(クルアーン49:12)


またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「陰口とは何か知っているか?」彼らは言いました:「アッラーとその使徒こそがよくご存知です。」彼は言いました:「(陰口とは)同胞が言われるのが嫌なことを、言及することである。」彼らは言いました:「もしその同胞が私の言う通りであったとしたら、いかがですか?」彼は応えました:「彼があなたの言う通りであったのなら、それこそが陰口である。そしてもしそうでなかったのなら、それは嘘を言ったことになるのだ。」(ムスリムの伝承)


21-盗み聞き:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:

「嫌がられていたり、あるいは避けられたりしているにも関わらず他人の話に聞き耳を立てる者は、審判の日に溶けた鉛をその耳に注がれよう。」(アル=ブハーリーの伝承)


22-他人の不幸を喜ぶこと:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:

「同胞の不幸を喜ぶのではない。そうすればアッラーは彼にご慈悲をおかけになり、あなたのことは試練にかけられるであろう。」(アッ=ティルミズィーの伝承)


23-関係のないことに首を突っ込むこと:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:

「自分にとって関係のないことに首を突っ込まないことは、人のイスラームの良さ(を示す一つの目安)である)。」(アッ=ティルミズィーの伝承)


24-悪い綽名を付けたり、あるいは言葉や行為や仕草などによって他人を嘲笑すること:他人を軽視したり、嘲ったりすることはイスラームで禁じられています。至高のアッラーはこう仰いました:

-信仰する者たちよ、人々に他の者たちを蔑ませてはならない。(蔑まれている)その者たちの方が、(蔑んでいる)彼らより優れているかもしれないのだから。また女性たちに他の女性たちを蔑ませてもならない。(蔑まれている)その女性たちの方が、(蔑んでいる)彼女らよりも優れているかもしれないのだ。また互いの欠点を突付き合ったり、(好ましくない)仇名で呼び合ったりしてもならない。,(クルアーン49:11)


25-人を裁く際に不正を働くこと:イスラームにおいて裁決を下すという行為は、アッラーの法の実践を意味します。人は法の制定ではなく、ただその実施を任されているだけなのです。もし人を裁く者が不正を働いたとしたら、彼は彼に委ねられた信託を裏切ったことになります。至高のアッラーはこう仰いました:

-そしてアッラーの下されたもの(イスラーム法)以外のもので裁く者こそは、不信仰者なのである。,(クルアーン5:44)


またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「裁き手には三種類ある:内二人は地獄行きで、一人が天国に入るのだ。(つまり)判決において知りつつ不正を働いた者は地獄に落ち、無知でもって人の間を誤って裁いた者もまた地獄に落ちる。そして真理でもって裁いた者は、天国に入るのだ。」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承)

26-不貞:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言いました:

「偉大なるアッラーが審判の日にお目をかけて下さらない三種の者:親不孝な者。男性のような格好をする女性。不貞を働く者。」(アン=ナサーイーの伝承)


27-異性の真似:教友イブン・アッバースはこう伝えています:

「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は女性のような格好をする男性と、男性のような格好をする女性を呪った。」(アル=ブハーリーの伝承)


28-他人に恩着せがましくすること:至高のアッラーはこう仰っています:

-信仰者よ。人々に対する見栄のために施す輩のように、恩を着せたり、見栄を張ったり、また悪い思いをさせたりすることでサダカ(施し)を無駄にしてはいけない…,(クルアーン2:264)


29-一旦贈った物を撤回すること:アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「(一旦与えた)贈り物を取り戻そうとする者は、自らの吐瀉物を再び口にしようとする犬のようなものである。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)


30-悪い意図をもって他人の話を言いふらすこと:つまり悪い意図を抱きつつ、ある者たちの関係が悪くなることが見込まれるような言葉を話して回ることです。至高のアッラーはこう仰いました:

-そして無闇矢鱈に誓いの言葉を口にする者や下劣な者、人の欠点を好んで話す者や人の悪い話を言いふらして回る者に従うのではない。,(クルアーン68:11)


またアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)はこう言っています:

「人の悪い話を言いふらして回る者は、天国に入らない。」(ムスリムの伝承)


悪い意図のもとに成り立つ集まりが、陰口の井戸端会議と化すのは周知の事実です。それは人々の間に敵意と憎悪を催させ、仲違いの原因を作ります。これこそはアッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)が以下のような言葉でもって、禁じたことなのです:

「ムスリムは、会えば背き合うようにして、その同胞を三夜以上避け続けることは許されない。そして彼らの内、先に挨拶を始める方がより優れているのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承)

また他人の悪評を言いふらすことは、その話の真相を確認するためにある人々をスパイ行為に走らせる可能性もあります。また他の様々な罪悪がそれによって惹起されることもありますが、これこそがアッラーがこう仰って禁じられたゆえんなのです:

-…実にある種の邪推は罪なのである。そして互いに詮索し合ったり、陰口を叩き合ったりしてはならない。,(クルアーン49:12)


31-弱者に対する尊大さ:弱者とは病気や障害、老衰といった身体的問題から生じるものかもしれませんし、あるいは貧困や地位の低さなど、経済的・政治的問題から生じる場合もあります。しかし社会は慈悲と愛と友愛のもとに成り立たなければなりません。至高のアッラーはこう仰いました:

-そしてアッラーを崇拝し、かれと共に何ものをも配してはならない。そして両親と近親と孤児、恵まれない境遇にある者たち、また近い隣人と遠い隣人、そして近しい仲間と旅路(で苦境)にある者、あなた方の右手が所有する者(奴隷)に対して善行を施すのだ。実にアッラーは、自惚れ屋の高慢な者を愛で賜らない。

(クルアーン4:36)


32-遺言などによって、故意に法定遺産相続人を害しようとすること:あるいはなるべく相続額を減らすために、債務があるなどと嘘の主張をしたりすることです。至高のアッラーはこう仰いました:

-…(そしてこれらの分配は)その者がした害悪のない遺言と(抱えていた)債務の清算後のことである。

(クルアーン4:12)

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[1] 「ムハージル」とはアッラーのために不信仰の地から、イスラームの地へと移住する者のことです。

[2] 眼病を予防したりする目的で目の周りに付ける黒い粉のことで、硫化アンチモンのことです。マスカラのように、その容器に棒状の物を入れて使用します。

[3] 「シルク」とは、アッラーのみが有する権利や性質において、アッラー以外の何かを共有させる信仰や行為のことを指します。

[4] 「アル=アズラーム」とは、当時賭け事やくじ引きに使われていた火打石のことであると言われます。

[5] 植物の一種。その枝は、スィワーク(歯磨き用に用いる小枝)に最適とされます。

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