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4.動植物

動植物が、生きた資源としてとてつもなく貴重な贈り物であることは明らかです。それをなくして、人間や他の生物は生存することが出来ません。神は、その創造物を価値のないものとはしませんでした。ひとつひとつの生命体は、神による特別で繊細な創造であり、それぞれが敬意に値します。遺伝子を持つ生きた資源として、それぞれの種と変種は独特であり、かけがえのないものです。一度失われると、それは永久に失われてしまいます。

太陽エネルギーから糧を得るという独特の機能を持つ植物は、地球における動物と人間の基本的食物の源泉を構成しています。神は仰ります:

“人間に、自分の食物について考えさせてみるがよい。本当にわれらは、水(雨)を豊かに注ぎ、次いで大地を裂いて切れ切れにし、そこに生長させるものには、穀物、またブドーや青草、オリーブやナツメヤシ、繁茂した庭園、果物や牧草(がある)。あなたがたとあなたがたの家畜のための用益である。”

(クルアーン 80:24−32)

植物は滋養物としての重要性に加え、土壌を肥沃にし、そこを風や水による侵食から保護します。また、水が流れ出ることを防いで貯水します。また植物は、私たちの呼吸する酸素を生成し、気候を適度なものとしますし、薬、油、香料、繊維、木材、燃料としても大きな価値があります。神は聖クルアーンにおいて、こう仰っています:

“あなたがたは、灯火について考えたか。その(燃やす)木を、あなたがたが創ったのか、それともわれらが創ったのか。われらはそれを教訓とし、また荒野の住民の便利のために創った。”

(クルアーン 56:71−73)

動物はその見返りに植物へ、またお互いへ、そして人間へ糧を提供します。その排泄物と死骸は土壌と海を肥沃にし、その呼吸と移動は植物の分配に貢献します。動物はお互いに食物を供給し、人間へは革、毛織物、薬、香料、輸送手段、また肉、乳、蜜を提供します。また動物はその高度に発達した知覚器官と社会的相互関係から、イスラームにおいても特別な配慮が払われています。神は動物界を、人類と全く同等の生物社会と見なしているのです。神はクルアーンにおいてこう宣言しています:

“地上の生きとし生けるものも、双翼で飛ぶ鳥も、あなたがたのように共同体の同類でないものはない。”

(クルアーン 6:38)

聖クルアーンは、これらの生物の美しい機能とその他の機能に言及します。精神状態の安定を実現することは宗教的目的の一つであるため、それをもたらすものは十分に世話され、保護されなければなりません。神は動植物の中に、人間の好奇心や喜びの感情を刺激し、心の安寧を満たす要素を据え付けたのです。それは人間の健全な活動を支えます。

聖クルアーンはまた、それらの生物が持つ他の機能についても言及しています。人はそれを知覚することが出来ないかも知れませんが、それらもまた神を崇拝、賛美し、服従の意を示しているのです。神はこう仰っています:

“あなたは見ないのか、天にある凡てのものが、アッラーにサジダ(伏礼)するのを。また地にある凡てのものも、太陽も月も、群星も山々も、木々も獣類も、また人間の多くの者がサジダするのを…”

(クルアーン 22:18)

“7つの天と大地、またその間にある凡てのものは、かれを讃える。何ものも、かれを讃えて唱念しないものはない。だがあなたがたは、それらが如何に唱念しているかを理解しない。”

(クルアーン 17:44)

“天と地上で凡てのものは、好むと好まないとに拘らず、またかれらの影も、朝夕、アッラーにサジダする。”

(クルアーン 13:15)

イスラームはそれらの生物が存続し、割り当てられた役割を果たすことの出来るよう、あらゆる対策を講じるよう強調します。動植物のいかなる種であれ、人間が絶滅させることを正当化することは出来ませんし、自然な再生量を超えた過剰な収穫も然りです。これには狩猟、漁業、材木や燃料を採取する林業、放牧などを含む、すべての資源利用が含まれます。生物の遺伝的多様性を保護することは、それら自身のためだけでなく、人類全体とその他の生物の福利にとっての急務なのです。

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