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全ての人が預言者ムハンマドに従わなければならないこと

イスラームの法が普遍的であるということを説明する前に、過去の預言者たちに従っている人々について簡単に説明すべきでしょう。そうした人々は、「預言者ムハンマドは真実を述べたかもしれないが、過去の預言者たちだけに従えば十分だ」と主張するかもしれません。

実際には、他の預言者たちに従いながら預言者ムハンマド(彼の上に平安と祝福あれ)に従わない、というわけにはいきません。つまり誰も「預言者ムハンマドが真実なのは分かるが、私はイエスやモーゼに従います。」と言うことは可能ではないのです。理論的に考えて、それは神によって受け入れられません。神は、以前遣わされた預言者たちの教えに取って変えるために、最後の預言者を送ったのです。神はクルアーンの中で、そのような態度について説明しています。

 “彼らに向かって,「あなたがたは,神が下されたものを信じなさい。」と言われると,彼らは,「私たち(ユダヤ人)は,私たちに下されたものを信じる。」と言う。それ以外のものは,たとえ彼らが所持するものを確証する真理でさえも信じない。”(クルアーン2章91節)

神は、このようなことを言う人々を不信仰者と呼んでいます。神はこう仰りました。

 “神とかれの使徒たちを信じないで,神とかれの使徒たちの間を,分けようと欲して,「私たちはあるものを信じるが,あるものは信じない。」と言い,その中間に,一つの路を得ようと欲する者がある。これらの者こそは,本当に不信者である。われらは不信者のために恥ずべき懲罰を備えている。だが神とその使徒たちを信し,彼らの間の誰にも差別をしない者には,われらはやがて報奨を与えよう。神は寛容にして慈悲深くあられる。(クルアーン4章150〜152節)

預言者はこう言いました。

「私の魂を御手に握られる神に誓って、ユダヤ教徒でもキリスト教徒でも、啓典の民の中で、私のことを聞き、私と共に神に啓示されたもののことを信じることなく死に行く者の住処は、地獄の劫火です。」(サヒーフ・ムスリム)

預言者は彼の教友の一人に、こう言いさえもしました。

「もしモーゼが今日生きていたら、私に従わざるを得なかったでしょう。」(アフマド、アッ=ダリミー)

つまりイスラームの普遍性は、以前の預言者に従っていた人たちにも当てはまるのです。理論的に言って、預言者ムハンマドを受け入れて従うしかないのです。

イスラームの普遍性と永遠性

前述のように、預言者ムハンマドは全人類に送られた最後の預言者だと言っています。それと同時に、慈悲あまねき神の慈悲を知りながら、神がいかなる形であっても、明確な導きを人々に残してはおかなかったと考えるのは非理論的です。つまり、神がこの預言者に与えたものは、審判の日まで全ての人類にあてはまるものに違いないのです。彼はこの事実を明確にしました。

「私は、私の後に二つのものを遺していきます。あなた方はそれに従えば、私が去った後でも道からそれることはありません。その二つのものとは神の書、そして預言者のスンナです。」(サヒーフ・ムスリム)

また、神はこう言いました。

「今日われはあなたがたのために,あなたがたの宗教を完成し,またあなたがたに対するわれの恩恵を全うし,あなたがたのための教えとして,イスラームを選んだのである。」(クルアーン5章3節)

つまりこの宗教は完全で、後からの改ざんや変更を一切必要としないのです。審判の日まで、この教えは正しいものであり続けます。全人類のために遣わされた預言者は、既に到来したのです。

つまり預言者ムハンマドの教えは正しく、それに従うことは全ての人類の義務です。彼の教えと模範は当時のアラブ人のためのものだけではなかったのです。というよりも、その当時の人たちと同じように、その宗教は今でも、たとえばニューヨークやマレーシアでも正しく大切なものなのです。

この時点で、ある人は論理を用いてこのような質問をするかもしれません。「審判の日まで変わらず守られることのできる法とは、どういうものでしょうか? 時代は変化します。どのような法がいつの時代でも守られることのできるものなのでしょうか?」その答えこそが、その法の美点なのです。預言者ムハンマドによって広められた法について研究してみると、それが現代でも預言者ムハンマドの時代と同じように実践することが出来る必要な柔軟性を備えていたことが分かります。つまり基本的には、恒常的であるべき事柄に関しては、そのような法が設けられていますし、柔軟であるべき事柄に関しては、異なる時代の異なる人々が異なる形で実践できるよう、柔軟に対応できるようになっています。よって、神によって授けられたその生き方は、審判の日まで全ての人間にあてはまり、全ての人が従うことのできるものなのです。

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