三位一体論(3/4):アルファとオメガ

アルファ、そしてオメガという呼称が神とイエスの双方に対して用いられていることから、一部の人々はそれらは同一のものであるとします。さらには、それらの呼称は父と子の永久性を意味するという主張がされています。しかし分析の結果、そうした概念はいくつかの問題点を発生させていることが分かります。

イザヤ書44:六“主、イスラエルの王、イスラエルをあがなう者、万軍の主はこう言われる、「わたしは初めであり、わたしは終りである。わたしのほかに神はない。」”

黙示録1:8“今いまし、昔いまし、やがてきたるべき者、全能者にして主なる神が仰せになる、「わたしはアルファであり、オメガである」”

黙示録1:11“わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。”

黙示録22:13“わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。初めであり、終りである。”

第一に、黙示録は信頼性の乏しい書物であり、マルキオン、ローマ教皇カイウス、アレクサンドリアのディオニシオス法王、イコニウムのアンフィロシウス、ナジアンゾスのグレゴリオス、エルサレムのキュリロス、教会の長老たちなどといった初期のキリスト教徒たちにより、西暦360年のラオディキア教会会議においてそれについての論争がされています。黙示録の著者は自らの名をヨハネとしか明かしていませんが、それはヨハネの福音書とは様式が完全に異なるため、使徒ヨハネではないとされます。彼の名前以外、その人物像については殆ど知られていません。マルチン・ルターは彼の書物を批評し、黙示録の序文にこのように記しています。

私はヨハネの黙示録という書物について、誰もが独自の見解を持つに任せておく。私の見解や判断を誰かに強制しようとも思わない。私は私が思ったことを率直に言う。この書物には少なからず欠けているものがあるため、私はこれを十二使徒や預言者には由来するものではないと見なす・・・多くの師父らも遠い過去にこの書物を否定している・・・私にとっては、その事実だけでもこの書物が敬意に値するものでなくなる。その中にはキリストの教えもなければキリストが登場することもないのだ。”」と「Z」で表現するようなものです。レンスキーはこう結論付けます。“アルファとオメガに類似する名前の起源を、ユダヤ教や異教の文学から見出そうとしても無駄である。「アルファとオメガ」、またはヘブライ語で「アレフとタウ」と呼ばれる神格性を持つ人物などは存在しないからである。歴史的典拠を見ても「アルファとオメガ」と呼ばれた人物の根拠はないものの、ブリンガーはその言い回しが「ヘブライズムのものであり、古来のユダヤ人注釈者らは、最初から最後までの物事を表すすべての事柄に対して一般的に用いていたものである。たとえば、『アダムはアレフからタウまでのあらゆる法を冒した』”  最も権威ある学者たちは、そのフレーズが何かを始めたり終えたりすること、あるいは何かの全体を表すものであると結論付けています。

第三に、アルファとオメガの教義は、人類が神の言葉を改変したという残念かつ悲しい事実の例の一つです。それは、いかに人が虚偽の信仰を正当化するために新たなものを創出したかを表しています。“わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。”(黙示録22:13)これは欽定訳聖書において見出されるものの、元来のギリシャ語の原文にはないものです。それゆえ、アルファとオメガの部分は事実上、いかなる古来のテキストやその現代訳だけでなく、それらの脚注からすら見出すことのできないものなのです。

黙示録1:10−11

欽定訳聖書 “そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。わたしはアルファであり、オメガである。最初の者であり、最後の者である。”

新国際版聖書 “そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。いわく、「なんじが見ることを巻物に書きしるして七つの教会へ送れ。”

新アメリカ標準訳聖書 “そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。いわく、「なんじが見ることを書物に書きしるして七つの教会へ送れ。”

米国標準版聖書 “そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。いわく、「なんじが見ることを書物に書きしるして七つの教会へ送れ。”

改訂標準訳聖書 “そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。いわく、「なんじが見ることを書物に書きしるして七つの教会へ送れ。”

新アメリカ聖書(カトリック) “そして、わたしのうしろの方で、ラッパのような大きな声がするのを聞いた。いわく、「なんじが見ることを巻物に書きしるして七つの教会へ送れ。”

references

  1. Bible Research, an internet resource by Michael D. Marlowe. (http://www.bible-researcher.com/canon5.html)
  2. A Critical and Exegetical Commentary on The Revelation of St. John by R. H. Charles. T. & T. Clark, 1920
  3. Luther’s Works, vol 35 (St. Louis: Concordia, 1963), pp. 395-399.
  4. R.C.H. Lenski, The Interpretation of St. John’s Revelation (Augsburg Pub. House, Minneapolis, MN 1963), p. 51.
  5. E. W. Bullinger, Commentary on Revelation (Kregel Pub., Grand Rapids, MI, 1984), pp. 147 and 148.


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