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バイブルの歴史書  によると、古代イスラエル王国は代々、国王によって治められてきました。荒野のなかを一定の長い期間さまよった末に、イスラエルの民(古代イスラエル人)は約束された土地に入り、二つの王国に分裂します。ダビデ王は二つの王国の統一に成功し、彼の息子ソロモンの統治は黄金時代と呼ばれる平和と繁栄をイスラエルの民にもたらしました。多くの読者にとって、イスラームの歴史にもサウル、ダビデ、ソロモンの列王記を有していることは驚きの事実かもしれません。ムスリムはダビデとソロモンを預言者として信じているため、彼ら二人をイスラームの教えの一部として受け入れ、彼らを敬愛することが求められています。以下は、イスラーム的観点におけるイスラエル王国の記述  です。

預言者モーゼが人々を従えてエジプトから脱出したとき、 彼は過酷な試練と挑戦に直面しました。エジプト人による数世代に渡る残酷な圧制下で、イスラエルの民は復活の時代を待ち望んでいました。彼らの精神は、エジプトに蔓延していた偶像崇拝の実践によって頑なとなり、心に闇をもたらしました。神はモーゼが彼の民を約束の地へと導くよう指示しましたが、彼らはモーゼの世代が全滅し、神の想念に心を満たした世代に取って変えられるまで、そこに入るのを阻まれました。ヨシュアはイスラエルの民を約束の地へと導き、人々はしばらくの間、良き環境のもと、唯一なる神のご満悦を得ることに心を集中させていました。

時が流れ、イスラエルの民の倫理観は低下し、彼らは諸預言者の殺害といった多くの罪を犯すようになりました。そのため、神は人々のことなど気にもかけないような圧制的な王に彼らを支配させました。王は人々を蔑み、彼らの血を流し、彼らを近隣諸国との戦争に狩りだしました。果てしなく続くいくつもの戦争の間、イスラエルの民は預言者モーゼとアロンの遺物や財宝の入った箱を持ち出しました。

その箱は「契約の箱」または「聖櫃」として知られ、イスラエルの民はその安置所を設置したり、戦争に持ち出したりしました。彼らにとって、それは大いなる安寧と勇気をもたらしたのです。そして彼らの敵は、聖櫃の中に特別な力が宿っていると考え、恐怖しました。ペリシテ人はその恐怖を乗り越え、イスラエルの民を打ち負かし、聖櫃を手に入れました。圧制的な王が聖櫃の奪取についての知らせを受けると、彼は倒れ、死にました。イスラエルの民は、神が預言者サムエルを彼らに遣わし、同位者、子、娘、敵対者などの存在せぬ唯一なる神への崇拝へと再び導くまで、羊飼いの失った羊の群れのようにさまよい続けました。

我らに王を

彼らの失墜に落胆したイスラエルの民は、自分たちの王を任命してくれるよう、預言者サムエルに頼みました。彼らは繁栄と栄光を取り戻してくれるような力強い人物を求めましたが、サムエルは彼らの約束と懇願に対して慎重でした。彼らはその汚れた心から、神のために戦おうとはしないだろうと彼は危惧したのです。サムエルは賢明な人物で、彼はイスラエルの民の王にふさわしい者が現れることを神に祈りました。神はサウル(タールート)を王として選び、預言者サムエルにその敬虔な若者を承認するよう伝えました。

サウルは長身の、がっしりとした体格の若者で、彼は父と共に農場で働いていました。ある日、一部のロバたちが農場からはぐれてしまった時、サウルと彼の召使いはそれらを探しに出ました。彼らの探索は、預言者サムエルの住む街にまで及びました。サウルは聡明で、彼の召使いの助言を聞き入れ、いなくなったロバについて預言者サムエルのもとへ尋ねに行きました。サムエルはサウルを直ちに将来の王として認識し、ロバたちが彼の父の元に既に送り返されていること伝えました。預言者サムエルはサウルに対し、彼がイスラエルの民の王として神によって選ばれたことを告げました。

サウルは驚きを禁じ得ませんでした。彼は自分がそういった名誉にふさわしくないことを直ちに主張しました。なぜなら彼は、イスラエルの民の大半がそのような偉大さからは程遠いとみなす、身分の低いベンジャミン族の出身だったからです。預言者サムエルは、サウルが王になることは神によって既に定められたことであるため、それは重要なことではないと説明しました。サムエルはイスラエルの民の前にサウルを紹介し、こう言いました。

“誠にアッラーは、タールート(サウル)をあなたがたの上に、王として任命された。”

(クルアーン2:247)

イスラエルの民は、直ちに苦情を述べ連ねました。彼らは神に対し、慈悲と圧制からの救出を嘆願していたにも関わらず、唯一なる神への愛情に溢れた敬虔な若者と預言者サムエルの双方に軽蔑的な態度を示したのです。彼らはこう言ったのです。

“かれがどうして、わたしたちの王になれようか。わたしたちこそ、かれよりも王に相応しい。またかれは富にも恵まれていない。”

(クルアーン2:247)

イスラエルの民の心は再度、頑なになり、病んだのです。彼らは敬虔さよりも富や地位を望み、神によって選ばれた指導者の粗探しをしたのです。サウルには富も地位もありませんでしたが、神は知識と能力によって彼を祝福しました。預言者サムエルは彼らとの対話を試みました。彼はこう言ったのです。

“アッラーは、あなたがたの上にかれを選び、かれの知識と体力を強められた。アッラーは御心に適う者に、王権を授けられる。”

(クルアーン2:247)

しかしイスラエルの民は不平を止めず、サウルが本当に彼らの王としてふさわしいかどうか、神の印を求めることも反対したのです。

神はその果てしなき慈悲と英知から、イスラエルの民が要求したしるし(奇跡)を示しました。神は天使たちに、ペリシテ人によって奪われた聖櫃を取り戻すよう命じたのです。神は彼らにとってかけがえのない、過去の遺物のつまった聖櫃を返還しただけでなく、その内容物に静寂を加えました。

 “預言者(サムエル)はかれらに言った。「かれの王権の印は、あなたがたに来るあの櫃である。天使たちがその中に、主からの平安と、ムーサー(モーゼ)の一族とハールーン(アロン)の一族の遺品を入れてやって来る。あなたがたがもし(真の)信者ならば、その中にあなたがたへの印がある。」”

(クルアーン2:248)

サウルは公式に、王として任命されました。彼はイスラエルの民から強奪された土地を奪還すべく、軍隊を組織しました。しかし、サウルは彼の軍隊が勇敢かつ敬虔な男のみによって構成されることにこだわりました。サウルの命令に従う男達は、その心が唯一なる真実の神への愛情に満ち溢れた者たちだけだったのです。


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