復活の日、復活した者たちには大いなる恐怖が襲いかかります:
“・・・かれは(恐れのために)目が坐る日まで、彼らに猶予を与えられるだけである。”
神によって次の句で述べられているように、不信仰者は彼の墓地から復活させられます:
“彼らが墓から慌ただしく出て来る日。それはまるで(現世で)彼らが偶像神へと急いだように。彼らは目を伏せ、屈辱を被るであろう。これが彼らに約束されていた、その日である。”
そしてその先に待ち構える悪への報いに心はおののき、混乱します:
“だが(ある者たちの)顔は、その日埃に塗れ、暗黒が顔を覆う。これらの者こそ、不信心な者、放蕩者である。 ”
“不義を行う者を、アッラーは疎かになされると考えてはならない。かれは(恐れのために)目が坐る日まで、かれらに猶予を与えられるだけである。(その日)彼らは首を上げて前の方に走って行き、目は坐って自分に戻らず、心は空ろである。”
不信仰者たちは生まれたままの姿―割礼されていない裸の状態―で顔から引きずられ、盲目かつ聴力のない状態で大いなる荒野に寄せ集められます:
“われは復活の日に、彼らの顔を俯けにして召集する。見えない者、物言えない者、聞こえない者として。彼らの住まいは地獄である。そして(火勢が)衰える度にわれは彼らのために烈火を加える。”
“だが誰でも、わが訓戒に背を向ける者は、生活が窮屈になり、また審判の日には盲目で甦らされるであろう。”
彼らは三度、神に“会い”ます。最初に彼らは全知全能の神に対し、虚しい言い分によって自分たちの弁護を試みます:“いかなる預言者も我々には遣わされませんでした!”アッラーはかれの書において、このように啓示されています:
“・・・われは(警告のため)一人の使徒を遣わさない限り決して懲罰を下さない。”
“・・・これはあなた方に、「私たちには吉報の伝達者も警告者も来ない。」と言わせないためである。”
二度目に、彼らは自分たちの罪を認識しながらも、言い訳をします。悪魔たちでさえ、人類を道に迷わせた罪から言い訳をするのです:
“彼の仲間(悪魔)は言う。「主よ、私が彼を背かせたのではありません。彼が(自ら)遠く迷い込んでしまったのです。」”
しかし、いと高き最も公正な神は騙されません。かれはこう仰せられます:
“「われの前で議論してはならない。われは既にあなた方に警告したのである。われは言ったことを変えることはない。またわれのしもべたちに対し、決して不正ではないのである。」”
三度目に邪な魂が彼の創造主と会うのは、彼の所業の書1 を受け取る時です。その中にはいかなる行いも脱落してはいません。
“(行いを記録した)書冊が(前に)置かれ、犯罪者がその中にあることを恐れているのを、あなた方は見るであろう。彼らは言う。「ああ、情けない。この書冊は何としたことだ。細大漏らすことなく、数えたててあるとは。」彼らはその行った(全ての)ことが、彼らの前にあるのを見る。あなたの主は誰も不当に扱われない。”
記録を受け取るにあたり、邪悪な者たちは全人類の目前で非難されます:
“彼らは列をなして、主の御前の所定の位置に付かされる。(主は仰せられるであろう。)「あなた方は、われが最初創ったように、今、正にわれの許に来た。いや、われがあなた方に対し(会見の)約束を果たさないと、あなた方は決めつけていたのだ。」”
預言者ムハンマドはこう述べられています:“これらは、神を信じなかった者たちである。”2 そしてこれらこそが、神によって自分たちに与えられていた祝福を、当然のように捉えていた者たちなのです。彼らはそれぞれ質問されます:‘われわれに会うことを知っていたか。’彼らは皆、こう答えます:‘いいえ!’神は告げられます:‘汝がわれを忘れたように、われも汝を忘れよう。’3 そして不信仰者は嘘をつこうと試みますが、神は彼の口を封じ、彼の体の各部位は彼に対する証言をするのです:
“その日われは、彼らの口を封じる。するとその手がわれに語り、彼らの足は、その行ったことを立証する。”
不信仰者たちは自分たちの行なった罪のみならず、彼らが迷わせた者たちの罪をも背負うことになります:
“彼らに向かって、「あなた方の主が(ムハンマドに)下されたのは何か。」と問われる時、彼らは、「昔の物語です。」と言う。彼らは復活の日に、自分自身の重荷の全部と、知識がないために、彼らに迷わせられた者の重荷をも負う。ああ、彼らが負うものこそ哀れである。”
そこでは欠乏、孤独感による精神的苦痛のみならず、肉体的な拷問も加わります:
“・・・復活の日には、アッラーは彼らに御言葉も与えず、また顧みられず、清められることもない。かれらは痛ましい懲罰を受けるであろう。”
預言者ムハンマドは信仰者のために執り成しますが、唯一・真実の神を差し置いて虚偽の神々を崇拝した不信仰者を執り成す者は現れません。4
“・・・悪い行いの者には、保護者も援助者もない。”
彼らはそこで自分たちの諸聖人、精神的指導者から関係を断たれます。それで不信仰者たちは現世に戻って、彼らに対する同様の仕打ちを望みます:
“その時指導者たちは追従者を見捨てて、懲罰を目の辺にして、彼らの間の一切の絆が断絶するであろう。それで追従者たちは言う。「もし私たちが今一度ひき返すことが出来るならば、彼らが私たちを見捨てたように彼らを見捨てるのだが。」アッラーはこのように、自分の行い(の果実)を明示される。彼らにとって痛恨の他ないであろう。彼らは業火(の責め苦)から出ることは出来ない。”
罪深い魂が抱える悲しみの深さは、彼が祈りを捧げ始める程です:‘神よ、私に慈悲をお与え下さい。そして私を火の中へお入れ下さい。’5 彼は問われます:‘汝は地上一杯に溢れる黄金を手にし、それを身代金として支払うことを望むか。’彼は答えます:‘はい。’そして彼はこう告げられるのです:‘汝はそれよりも容易なことを求められていたのだぞ。神のみを崇拝することを。’6
“彼らの命じられたことは、ただアッラーに仕え、かれに信心の誠を尽し、純正に服従、帰依して、礼拝の務めを守り、定めの喜捨をしなさいと、いうだけのことであった。”
“しかし信仰のない者は、そのすることなすこと、砂漠の中の蜃気楼のようなもので、渇き切った者には水だと思われる。だがやってくれば何も見出せない。そこではアッラーの御前であり、彼の勘定が払われることを知るであろう。アッラーは清算に迅速であられる。”
“われは彼らの行ったことに報いて、それを塵のようにまき散らすであろう。”
そして不信仰者の魂は、諸天使によってその左手、そして背中越しに彼の現世における全ての行いが記された所業の記録を渡されます。
“だが左手にその(行状)記を渡される者は言う。「ああ、私の(行状)記が渡されなかったならば。私は自分の清算が、どんなものであるかを知らなかった。」”
“だが背後に書冊を渡される者に就いては、直に死を求めて叫ぶ。”
彼は最終的に火獄へと放り込まれます:
“不信者は集団をなして地獄に駆られ、彼らがそこに到着すると、地獄の諸門は開かれる。そして門番が言う。「あなた方の間から出た使徒は来なかったのですか。(そして)主からの印をあなた方のために読誦し、またあなた方のこの会見の日のことを警告しなかったのですか。」彼らは(答えて)言う。「その通りです。そして不信者に対する懲罰の言葉(定め)が、真に証明されました。」”
最も先に火獄へと入れられる者は多神教徒であり、次に諸預言者の教えを改竄したユダヤ教徒とキリスト教徒が入ります。7 彼らの内の一部は火獄へと転落し、また一部は鈎によってもぎ取られます。8 その時点において、不信仰者は自分自身の悪行による報いを受ける程なら、塵となって消えてしまいたいと願います。
“本当にわれは、懲罰が近いと、あなた方に警告した。その日、人は、自分の両方の手が前もって行ったもの(所業)を見るであろう。不信者は、「ああ、情けない、私が塵であったならば。」と言うであろう。”(クルアーン 78:40)
- イブン・マージャ、ムスナド・アフマド、アッ=ティルミズィー。
- サヒーフ・ムスリム
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- サヒーフ・アル=ブハーリー
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